二十色のメロディー



 この場所に来れば、美味しい御馳走をもらえて優しくしてもらえることを知っていてテンションが上がってる。
 御近所を走り回って逃走したり。
 犬は嬉しいと笑うから面白い。
 尻尾もグルグル旋回する。
 心が和み落ち着く。
 フラットな気持ちになる。



 マスターはかなり犬好きのよう。
 色々世話を焼いては笑ってる。
 久しぶりに会って、カフェテラスでコーヒーを頂きながら雑談を交わす。
 秋の午後の風はまだ暖色の肌触りがする。
 時間を巻き戻してマスターが昔話を始める。
 建築の話はクリエイティブでどちらかというと肌に合う。
 営業的な堅苦しさが苦手な僕。
 何かを生み出す人のパーセンテージは圧倒的に低い。
 創造的エネルギーに溢れた人は、組織活動には不利になる点がまま見受けられるように思う。
 適材適所。
 世の中でとっても大切なこと。
 肌に合わぬ場所にいるとトラブル続きとなってしまいそうだ。
 長所が欠点と見なされてしまう。
 資質の活かし方を誤ると社会不適合になって苦しい境遇へと流されてしまうよ。


 ビルを千人の人で建てたのだそうで、素人の僕には未知なる世界に想像力の翼を羽ばたかせてみる。
 十三階はキリスト教的に数字が不吉な為NGなのだそうで、図面上は十二階の上を十四階という風に書き変えを頼まれたことを回想するマスター。
 日本にいると分からない事情に納得の相槌を打って話を聞いていたような気がする。
 建築はマスターの本業の話だった。
 作り上げて来た建物一つ一つがその人生の足跡のようなものなのだろう。


 僕らは殆どの場合、所有者や建設に携わった人を含めて、一体何処の誰がどんな思いで建てた建物かなんて意識もせずに目にしてはその前を通り過ぎてゆくもののような気がする。
 人の思いが結実した完成形の創造物を目の当たりにしていたとしても、誰かの夢という名のピュアな思いに心がふと触れる瞬間ってとても貴重なもので、もしかすると非日常と呼ばれるカテゴリーに収められるタイプのものなのかもしれない。
 だから夢を応援してくれる人って、本当に大切にしなきゃいけない存在だと気付く。
 その夢が大きければ大きい程に、圧倒的に反対されるものだろうから。
 それは多くの人にとっての希望にもなりうることについて、まだ多くの人々が知り得る季節にはきっと遠いのだろう。
 マスターの昔話に人生を想う。



 能力は開花させるまで誰の目にも止まらない。
 それは素晴らしい能力だなんて気付く人は少ない。
 それでもきっと、長き冬を越えて春には思いっきりの愛で蕾をつけようと人知れず努力を続ける人の姿がある。
 決して努力が報われるとも限らぬ人生だけれど。


 個人的な夢が多くの人の希望に繋がるといいね。
 あなたって本当はそういう風な人だったんだって、誰かがそのピュアの思いに辿り着くまでの距離。
 それを人は下積みって呼んでいる。
 下積みはたぶん、きっと何かしらの実りとなり春に姿を現すだろう。
 胸のど真ん中にあるもの。
 愛。
 優しさが自然に溢れ出るまで、涙が幾層にも折り重なり堆積した心の不純物を洗い流してゆくよ。
 やがては木枯らしが吹き荒ぶ。



 冬支度の頃。
 カフェテラスに置かれたテーブル席に佇み、iPhoneに入っているまだ真新しい生まれ立てのフレンチトーストのナンバーをかけ、秋風へと解き放った二十色のメロディー。