君と共に過ごした二度目の春が過ぎ去った。
君がいた春。


くよくよするのはよそう。
そんな風に思ってみるけれど、僕らの心って自分の思うようにはなりはしない。
君のことをふとした時に思い出している。
自分に無理して君にさよならを告げた。
天国の階段を上って、神様の所に辿り着いたのかな?



先日とても不思議なことがあったよ。
きっと君の仕業だといった意味のことを皆が言っている。
僕もそうだろうと思った。
こんな不思議なことがあるものなんだね。
君は僕らの様子を天国から見つめながら笑っているのかな?
もしそうだとしたら何て素敵な話なのだろう。


僕らの元へまた新しい子犬がやって来たよ。
何と言ったらいいのか。
初めてその子の写真を見た時に、君の姿が不思議と重なって見えたんだ。
君がいる。
僕はそう思った。


ブリーダーさんからワンちゃんを預かり里親を探しているボランティアさんから連絡が入った。
君を僕達の元へと縁を繋いで出会わせてくれたボランティアさんだよ。
僕が君に話すまでもないことなのかな?
君は悪戯っぽい微笑を浮かべて笑っているのかな?
その方の話では、その子犬がその方に駆け寄って来ては付き纏い離れないといったような話だった。
その仕事をされて来て、過去にそんなことはなく珍しいことのようだった。
その方はその子犬を見た時に君を感じたようだ。
君がその子犬を僕らの元へと届けようとメッセージを送って来ている。
ざっくり言えばそういったことを感じられたそうだよ。
きっと君はその全ての話を知っているのだろう。
僕らが感じている通りに、君が仕組んだことなのならば。


そんな経緯があり、その子の写真がそのボランティアさんから送られて来た時、僕らは犬種なんて関係なくその子を飼わなくちゃならないのだなと悟ったよ。
そして予定通りにその子は僕らの元へとやって来た。


僕がその子と初対面をした時は、正直僕の心の中は君の存在が余りにも大き過ぎて、その子が入って来るスペースを意識して用意しなくちゃならないような状態だったかもしれない。
その子と初めて出掛けた場所は、君が星になるほんの少し前に君と過ごした公園だった。
僕の記憶する限り、確か君を最後に抱き抱えたんじゃないかなと思う場所でもある。
それがその子との初対面後最初に遊びに行った場所となった。
何という巡り合わせなのだろう。
暦の上での夏の始まり。
そんな日でもあった。
こんな偶然の数々が起こったこと。
全てではないにしても幾つかの出来事については、やっぱりそれは君の仕業だったのかな。


その子はブラックのトイプードル。
フランスのワンちゃんだよ。
気品があり、オシャレをして香水の香りを漂わせながらパリの街を歩くパリジャンみたいだよ。
体のラインがとっても優雅で美しくてさ。
君と同じ男の子だ。
初対面を果たし、とてもおとなしくしてるその子を抱き抱えた。
暫くの間はとても警戒していて体を強張らせてた。
でもやがて信頼してくれたらしく、気分よく笑ってくれるようになったよ。
僕との相性はなかなかいいみたいだよ。
瞳が何だか君にそっくりなんだ。
初めてその子の写真を見た時に、直ぐにそう思った。
君はシュナウザーで、その子と君は犬種も違うし、姿形だけ見ればまるで違っている筈なのだけれど。
その子は君に雰囲気が何となく似ているんだよ。
まだまだ君のことを思い出して涙が止まらない。
それでも君が結んでくれたと思えるその子との縁を大切にしたいなと思っているよ。



ふと瞼を閉じれば、愛らしい君の姿が蘇りこの胸が熱くなる。
見渡す限りの澄み渡った高く青い空。
まるで君の笑顔のような空にポッカリと浮かんだ白い雲。
風を感じると君の匂いがどこにもない。
心が千切れてしまいそうだ。
たった一度きり、君と僕らが共に過ごした夏がまたやって来たよ。
君にとってもよく似たブラックのトイプードルちゃんを連れて。
たとえ君がいなくなっても季節の移ろいは巡る。
君のことを思っては、どこか時間の流れに取り残されてゆくような僕の心。
だけど時の流れの移ろいは、君と別れた心の痛みを癒す薬にもなってくれているんだよね。
分かっているつもりだよ。
心配しないで。


そうだよね。
人はどんなに悲しくとも、上を向いてまた歩き出さなければならない。
愛し愛された存在から受け取った優しさの分だけ涙を零しながら。
君はこんなにも僕らに温かい思いをくれていたんだね。
君がいなくなってから、そのことがよりひしひしと感じられる思いだよ。


希望の見えない時代の夜の帳の中を、夜空を見上げ歩けば、無限の星々がささやかな光を灯し、僕達の暮らしを照らし続けてくれている。
僕はその星々の中で君の星を見つける。
僕にとっての星は君だよ。
かけがえなく他の存在には代わりの果たせぬ光。
人から見て痩せっぽちの星だとしても、僕には君じゃなきゃ駄目さ。



君からの命のバトンは、何だかきっと君からの贈り物に違いないようにそう思える、可愛いブラックのトイプードルちゃんに手渡された。
君が生きられなかった分、その子はもっと幸せにならなくちゃ。
君と過ごした最後の春が、もう永遠に二度とは戻れぬ、遥か遥か遠き彼方へと過ぎ去った。
君を忘れない。