天国の階段

君と初めて会った日のことを忘れない。
君はまだとても幼くて、見るもの触れるものに興味深々といった純真な眼差しをこの世界に向けていた。



まずはお試しで。
そんな風にブリーダーさんとの仲介役を果たしてくれた業者さんから薦められて君との生活が始まって行った。
あれはたった一年程前のことなんだよね。
君がいなくなってまだ一ヵ月も経っていない。
だけど君を想っている時間は、一日千秋といった想いであるかのようだ。
君に会いたい。
本当に本当に寂しくて堪らないよ。
幾ら涙を流せば、本当に君のことを心から手放し天国へと送ってあげられるというのだろう。


君は生まれつき心臓が悪かった。
だから初めから二歳までは生きないだろうと言われていた。
それを覚悟の上での君との生活。
とても愛らしくて、悪戯も沢山していたね。


僕はふとした時に君のことを思い出す。
君の息遣い。
君の鳴き声。
君に触れた時の温かさ。
そんな全てが蘇る。
だけど君はもうここにはいないんだね。


どうして神様は、こんなにも早く君を天国へと連れ去ってしまったのだろう。
もしかしたら神様も天国に君がいないことが寂しくて、早く君を自分の元へと連れ戻したのかな。
それにしてもとってもとっても寂しいよ。
もっともっと一緒にいたかった。
生きていられる時間は、一つ一つの命によって本当にバラバラで違っているんだね。
きっとそれにはとても深い意味があるのだろう。
だから理不尽だなんて思ってはいないよ。
ありがとう。
君に出会えて本当に僕らは幸せだったよ。
ありがとう。


君が今笑っている顔が見えるようだ。
そんなに悲しまないでって言ってくれているのかな。
何だかそんな気がする。
それでもやっぱり悲しくてね。


もう君は苦しんだりしなくていいんだね。
君が星になる日が近づいていた頃。
日々とてもしんどそうにしている姿を見るのが辛かった。
もうそんな苦しみは君には必要なく、不自由のない体を手に入れたんだね。


春の澄み渡った青い空。
君がいなくなったというのに、時の流れは一向にその歩みを止めることはない。
僕の心は、君がいた時のまま置き去りにされてゆくかのようだよ。
君の頭上にも、きっとこんな風な青空が広がっているのだろう。
そして真っ白な階段。
神様の元へと続く天国の階段だよ。


さあ。
もう何もためらうことなく、残してゆく僕らのことなんて気にしないで、思いっきり元気よく、その階段を神様の元へと駆け上って行って欲しい。
僕達と一緒にいる時には出来なかったことだね。
君の未来に沢山の祝福よあれ。


君の真っ直ぐな瞳。
今も僕らの心の中に。
ありがとう。
優しいね。
まだこっちを振り返って、しっぽを振りながら名残り惜しそうに見てる。
きっと僕達のことを心配してくれているんだね。


三六五日のマーチ。
僕の心の中には、君が生きて奏でたとても優しい愛のシンフォニーが鳴り響いているよ。
春夏秋冬の歌。


ワン、ワンと君が鳴く。
僕に戯れて来ている君。
君が生きた証の歌だよ。
僕のギターに合わせて一緒に歌ってくれるかな。
いつかまた会える日まで。
さようなら。



さあ。
もうお行きよ。


元気一杯に。
さあ。


天国の階段を、もう何もためらわず振り返らないで駆け上って行って欲しい。