ファシズム

2013年7月21日 日曜日
参議院選挙投票日


20日の今日。
渋谷での最後の演説をネットで観ていて、新しき世界はもう始まったのだという事実を目の当たりにする思いだった。












   ファシズム


 むさ苦しい密室に、まるで無限の記憶が舞い落ちるかのようだ。



 僕は、さっきから警察に取り調べを受けている。
 パトカーの座り心地の悪い後部座席のシートさえも、何だか僕を嘲笑い、軽蔑され、蔑まれているような気持ちになる。
 勿論、自分が悪い訳じゃないことくらい理解しているつもりだ。
 だけど、何だろう。
 この訳もなく胸にこみ上げる気不味さは。


 僕は、幼い頃父に叱られた記憶の奴隷になっているみたいに思えた。



 何故、僕が今、警察官に取り調べを受けさせられているのか、まるで事態が呑み込めていないままだ。
 そして、僕は自分でも驚くほど無意識的に、日常への警察権力の介入を認めてしまっていることを自覚し始めていた。


 穏やかな日曜の午後。
 空は晴れ渡り、僕はいつもの近所の田舎道を散歩していただけだった。
 丘の上から見下ろす街に、ポツンと佇むパトカーと、どうやら取り調べを受けているらしい一般車両が一台。
 交通ルール違反の車かなと思いながら、のんびりした気分で歩いていた。
 やがて市民の車が先に立ち去り、続いてパトカーも。
 そんな何てことのない情景が形を変えて、僕の現実に覆い被さって来たのは、ほんの一二分前のこと。


 一端立ち去るかに見えたパトカーは、急に方向を変え、僕の歩く坂道をまるでドーベルマンのような鋭利な機敏さで登り始めた。
 その瞬間、僕の背筋に何だか寒いものが走る気がした。
 僕はそんな感覚を無視するように、優雅な日曜の午後の温かなふところに潜り込むように歩調を緩めずに歩いた。
 そして、パトカーは停まり、中から二名の巡査官が下り立ち、すかさず僕を呼び止めた。
 これが背筋の寒さだったのだと思い当たった僕は、パトカーに乗ることを優しい口調で命令される立場の人間になっていたんだ。


 身に覚えなき容疑をかけられるように、僕は一般市民のカテゴリーから今、警察により分類され、仕分けられようとしている。
 そんな理不尽さに、社会システムのルーズな冷たさが溢れ、僕は戸惑いと脅えと、そして怒りとを同時に胸元に呑み込み、引きつった笑顔で、警察官に向かい合った。
 本音を言えば切りがない世界。
 派手に切り返す心の準備もないままに、束の間に通り過ぎる時間だと自分に言い聞かせ、権力の介入に同意する自分を演じ始めていた。
 それがベストな対応とも思えなかったけれど、現実に気おくれしてしまい、自らの意識に捉われてしまっていることだけは、鈍い痛みの中で薄らと自覚していた。


 ファシズム
 僕の意識の中に、そんなキーワードがふと浮上してきているように思えた。
 子供の頃、こっ酷く父や家族に叱られた記憶の檻に、僕は一人捕らわれの身となってしまっている現実を感じたと思った瞬間、パトカーは僕の魂の制限を示す物質的な意識の壁として表出しているに過ぎないという真実に僕はぶつかった気がした。
 そうなんだ。
 ファシズムって僕の外側にあるものなどでは決してないのだ。
 目の前にある社会的権力が、僕を従わせているように思える日常さえも、本当はそうじゃない。
 ファシズムって自分の委縮してしまっている意識の別名なのだろう。


 人が自らの心の自由を勝ち取る為に立ち上がる時、まず最初に闘うのは、そんな自分の持つ制限に対してなのだろう。
 僕が無口にパトカーの後部座席に乗り込む際、身を呈して逃げ場のないように横に体をねじ込んできた警察官も、この壊れたルールで築き上げられたラビリンスを彷徨う、悲しみの奴隷なんだ。
 氏名、生年月日、そして職業を聞かれ、答えると助手席の警察官が無線で僕の情報を送り、システムに見張られながら、この社会の冷たさと、言いようのない矛盾を僕は胸に抱えた。
 そして、密室と化したパトカーは、僕の意識という宇宙の一つの果てに辿り着いたことを伝えているように思えてならなかった。
 この世界にもしも自由や正義がないと感じるのならば、自分の意識の委縮した生命エネルギーの歪みに気付くことから、僕らは始めなければならないのだろう。
 狂った常識や権力に泣かされているのならば、まず自分自身がどんな観念によって縛られてしまっているのかということを問い、自覚しなければならないのだろう。
 そして、心に自由を生む為の観念を探す。
 そこから歩き出す人生こそが、僕らが本当に生命をたぎらせ生きた時間と呼べるんじゃないかな。


 取り調べの名目について、警察官は家出人の捜索の為だと言ってはいたが、それは何だか子供騙しな嘘のように思えた。
 ポケットの中や靴まで調べて、それって完全にドラッグ所持の検挙しかないだろうと思った。
 確かに物騒な時代で、ちょうど僕もそうした容姿をしていたのだけれど、髭を伸ばした成人男性は特に注意される世の中だ。
 仕方ないことでもあるのだけれど、人の心に取り憑いている疑心暗鬼が、益々暮らしを複雑にしていくようさ。
 とにかく、僕には知らされない捜査目的が存在していることは確かなように思える。



 風に諭され、僕は歩道の先にどこまでも広がる夏の空を見つめる。
 今は参議院選真っ只中だ。


 七夕の今日は、ちょっぴりスリリングなハプニングに出会った。
 日常を食み出し、随分滑稽な男に見えたのかな。
 僕はロックンロールを裏切りたくないんだ。
 さっき、取り調べの最中にふと、僕が音楽をやっているという話になると、巡査官の表情が途端に緩み、安堵した様子が伝わってきた。
 どう見てもサラリーマンには見えないだろうし、だからホッとしたのだろう。


 日常を守るのが警察の仕事ならば、日常を取り囲む社会的な壁を壊すのがロックの仕事さ。
 既に出来上がった既存のモラル。
 だが、そいつが僕らの心を傷つけるものであるならば、NOを叫ばなくちゃ駄目さ。
 たぶん、そういった心のアンテナみたいなものが、世の中からすれば邪魔な存在なのだろう。
 取り調べを受けさせられた本質的問いは、きっとそれに違いない。
 そして、僕にとっての問い掛けも存在する。
 僕の持つ制限の壁となった、あのパトカーの密室で心の中に起きた出来事を、青空に羽ばたく新しいロックチューンのようにリリースし、ソウルは既に意識よりも早く歌い始めていた。