小田日和




   小田日和


 一月末。
 冷え込んでゆく、その夜の広島グリーンアリーナでは、キラキラの照明とスポットライトが辺りを旋回していた。
 眩く光り輝くステージには、六十七歳になる小田和正の姿があった。



 また一人、素敵な音楽家のライブを体験出来た歓びを胸に、僕もよく知っている数々のヒット曲も演奏されていった。
 僕は、二階席の最前列から、アリーナ中に伸びたレール状のステージで、時折ファンとの触れ合いを楽しみながら歌う彼の姿を食い入るように見つめる。
 団塊の気持ちをある意味代弁していたような歌もあり、ステージを時に駆け抜ける彼の思いの一つ一つに手を伸ばす。
 とても透き通った歌声と、彼独特の旋律の美とが織りなす、愛と孤独。
 ガラス質の音が、ド派手に旋回してはアリーナの天井を駆け巡る虹色の照明と鮮やかに混ざって、小田ワールドが目の前に立体的に浮かび上がって来るようだった。


 僕の胸に一番深く突き刺さったもの。
 それは、団塊を象徴していたような歌の中の詞のフレーズ達だった気がする。
 そして、その曲のエンディングが終わった時、アリーナはそれ以前より明らかに熱気を帯びていた。
 きっと、僕は彼のライブで、そのバトンを受け取りたかったのだと思う。
 団塊ジュニアとして、何か感じるものがある彼のライブだった。
 恋や愛の歌も素敵だけれど、今この国に必要な筈の大切なもの。



 自由な翼を僕らはたたんで
 二度とそこから飛ぶことはなかった


 やがていつの日か この国の全てを
 僕らがこの手で変えてゆくんだったよね


 僕は諦めない
 誰か聞いているか
 僕はここにいる
 誰か傍にいるか



 現実は、価値観の不一致に意識のフォーカスが向けられることが多かったように思う。
 それは争いであり、分裂。


 大量生産されていった僕達の心。
 愛を傷つけるルールに縛られ、人はやがて良心を捨て、諦め顔の大人になってゆく。


 やる前から、それは無理だ。
 今までずっと駄目だったから、変えられる筈がない。
 自分の抱えた観念と理屈で、手のひらに握りしめていた筈の勇気を失くしている。


 皆。
 まだ、諦めないでくれ。
 僕はまだ、一人探し続けている。
 人が心に持ち続けなければならない筈の大切な気持ちを信じて。


 愛。


 小学校に入学して、クラスの席に着いた時、僕らは感受性という名の自由の翼を虚勢されていった。



 価値観の統一は、ファシズム的な匂いを漂わせている。
 現代教育の現場を染めるものにも通じる匂い。
 色んな考えや生き方を認め合いたい。
 違っていることよりも、共有しているものに意識を向け、融合するエネルギーから新たな世界を創造し始めていきたい。
 価値観を一つにしようとする意識って、自分だけが正しいと信じていることのような気がする。
 他者を裁く気持ちの根幹を司るもの。
 きっと答えは、人の数だけあったのだろう。
 その意味を理解するには、様々な人生というバックグランドに思いを馳せる必要性を感じていた。
 人の一生は、そういったものとの闘いの中にあるように思った。


 自分だけが正しいという意識は、カオスへと世界を導くだろう。
 僕らは、これ以上に分裂や孤独を経験したくて、この世界に生まれて来たというのだろうか。


 僕は、小田ワールドからの贈り物としての歌に、心の中でそうアンサーしていた。



 世界は、本物だけが生き残る時代の流れの中にあったと感じていた。
 誰の目にも、本物が分かっていく時代。
 それは、ロックであり、本質的世界だ。
 偽物の論理は、通用しない世界。
 命を宿す優しいものが生き残る。
 愛を発しているからだろう。



 素敵なライブは終わった。
 ロビーのグッズ売り場を目指し、人波に流されていた。
 小田ワールドを堪能したファンは、清きせせらぎに似た心地良さで、とても穏やかに流れた。
 音は体内の水を振動させる。
 小田ワールドは、体内の水を調和させる波動を発していたことが、そんなファンの姿を見ていて、よく分かるようだと思った。


 命を宿した音。
 六十七歳になり尚走り続けている彼の姿に触れ、僕はとても温かい気持ちになった。
 脳裏には、虹色のステージ上で光り輝く彼の姿がちらちらと浮かび上がっていた。
 その眩い姿に、永遠の調べが重なってゆく。
 彼の発する光に手を伸ばす、何千というファン達の姿。



 La La La…
 言葉にできない


 La La La…



 会場の外では、ポツリポツリと路上を鳴らす雨音が歌い始めていた頃。
 真夜中に向かい、やがて雨は雪に変わるという天気予報が流れていた。


 まるで美しい雪の結晶のような構造を思わせる、クリスタルなメロディーが心の中でリフレインしていた。
 僕はその旋律を、小田日和の一日の終わりに聴いていた。