サプライズ

 まるで砂時計の中の砂の一粒一粒が、逆に天に上るように時間が流れる。



 黄昏の空は、遠い記憶の中のあの街へと続く扉のようだった。
 あの頃見つめていた黄昏。
 何だか今日は、空が不思議とあの頃の黄昏の色に似て見える。
 僕は、故郷である広島の空を見つめながら、そう思った。


 寒さの厳しい二月。
 この日、僕がかつて通っていた音楽学校の同窓会が開かれようとしていた。
 あいにく僕は、広島にいて不参加だったのだけど、もう卒業してから二十一年の月日が過ぎ去ろうとしていた。


 同窓会の音頭を取ったのは、数少ない男子生徒の中の一人だった。
 当時彼には、僕が鼻歌として作った曲へのコード付けを無理を言って手伝ってもらったりしていた。
 僕は、音楽理論とかは苦手で、コード付けに関して、彼がコードのまずベース音を探せって言ってアドバイスしてくれた言葉に助けられ、卒業後、後から段々コード付けのコツが自分でも掴めるようになっていったという経緯があった。
 教科書を見て勉強するよりも、実際に音を出しながらの方が性分に合っているなと思い、自分の音楽制作のスタイルを作り上げていった昔のことを思い出す。


 僕は、卒業して今日まで、本当に紆余曲折あった。
 青春の日々の中で、どん底に叩きつけられるような日々もあったし、人生の美しさを知るような奇跡にも出会って来たと、そう思う。
 そして、あの頃の仲間達の人生にも、きっと誰にも上手く伝えられないような心の葛藤や痛み、そして、歓喜するような至福の時だって訪れ、経験して来たのだろう。



 同窓会の話が持ち上がり、ネット上でかつての仲間達が集結した。
 それが始まりだった。
 ラインを使って、皆コミュニケ―ションをしていることを、同窓会の音頭取り役の彼が教えてくれた。
 彼とはフェイスブックで繋がっていた。
 数年前のある日、彼の方が僕を見つけてくれたんだ。
 きっと彼は、当時の仲間に会いたい気持ちが、その頃からあったのかなって思った。
 もしそうだったとしたら、彼にとって当時の暮らしは、どこか幸せなものだったのではないだろうか。
 そんな風に、彼の思いを想像して、記憶の中の街の風景や想い出の中で生きる人々を懐かしんでいた。
 学校は栃木にあって、当時、東北弁で話す人々や広島との風習の違いなんかが、僕にはとても新鮮だった。
 東北の人の体の中に流れる血や遺伝子情報に組み込まれていたであろう何かにまで、きっと言葉には上手く出来ないような接触があって、僕の生まれ故郷である広島の人々とは、やはり気質に違いがあることを肌身で強く感じ暮らした。


 僕の人生の中で、あの頃は最も青春の影を帯び、止む事のない苦悩を抱えていた時代。
 僕は、随分遠くまで人生を旅して来たと思った。



 同窓会の席に、僕をサプライズで出席させてくれた仲間がいた。
 卒業後も付き合いのあった男で、わざわざ会の最中に携帯電話で連絡を取ってくれるというはからいを受けた。
 同窓会が開かれることが決まって、電話を掛けて来た彼は、自分の発案したこのサプライズ企画を僕に持ち掛けて来てくれていた。
 会話が終わった時、携帯の液晶画面には十分弱の通話時間が表示されていた。
 とても短い時間だったけど、当時の懐かしい顔ぶれとの再会に、胸が熱くなるようだった。


 「かんぱーい!」
 携帯電話の向こうから、皆のはしゃぐ楽しそうな声が聞こえた。
 僕の当時のニックネームで呼び掛けて、僕にも乾杯と叫んでくれている女の子の声もしていた。
 時が経つにつれて、携帯の向こう側のこの時の光景は、段々僕の心の中で輝きを放ち出し、何だか泣けて来るような素敵なシーンになっていくようだった。
 ひとしきり会が済んで、これからカラオケを始める所だと、電話して来てくれた男は言っていた。


 「○○です」
 そんな感じで次々に昔の仲間が今の僕の現実に登場する。
 こんな体験は滅多にあるものではないだろうし、何だか不思議な気分になった。


 学校は少人数で、田舎の小学校みたいな雰囲気もあったかもしれない。
 音楽という共通の目的もあった訳で、今思えば、改めて貴重な時間だったなと感じる。
 昔の仲間達とお互いに言葉を交わして、大げさなようかもしれないけれど、これは愛だなと思い、やっぱりたくさんのエネルギーを貰ったと気付いた。
 一通り仲間達を一周して、携帯の持ち主の彼の元に電話が戻った時、彼が楽しかった?と聞いて来た。
 その言葉を聞いた時、彼の僕への今回のサプライズの気持ちが伝わって来て、嬉しいと同時に、これはやられたなと思った。
 彼はゴツゴツとした男ではなく、どちらかというと女性性の強いタイプだと思うので、気配りの仕方もどことなく女友達的な所があったかもしれない。
 だから、きっと当時のナイーブ過ぎた所があっただろう僕には、付き合い易い友達になっていた気がする。
 そして、それぞれの仲間との想い出と、いまだに上手く言葉に出来ないような気持ちが入り混じりながら、心の中に浮かんでは消えてゆく。


 サプライズで掛かって来た一本の電話。
 本当に懐かしくて、だけど挨拶の言葉を順番に皆とやり取りするのがやっとだった。
 僕にはその場の細かい空気までは分からないけれど、本当にどうもありがとう。



 誰かに心を許すこと。
 家庭にどこか居場所のなかった僕には、あの頃とても難しいことだった。
 だけど、誰かと一緒に一時代を共有した証のようなものは、携帯電話で皆と話していて、やはりある気がした。


 想い出の中の校舎に、僕は瞼を閉じ佇む。
 すると、ふと昨日の事のように君が微笑んで、僕の方を見つめるんだ。