イントロまでの距離

 8月中旬、過ぎゆく猛暑の日々。
 気候に気分を乗っ取られる様な極端な夏から僕は逃げ出す事も出来ず、日中は暑さと背中合わせに時の経過を見つめ続けている様だった。
 地球の異常気象も2012年に起こるとされている次元移動に伴う一連の動きであるという情報もあり、クレイジーな日常も角度を変えて、より大きな視点で見つめることの大切さを思った。
 暇を見つけてはデパートや書店の冷房の中へと逃げ込み、それでも頭の中はやっぱり音楽のことで一杯だった。
 部屋に寝転がってギターを弾き、暗記したコード進行と歌詞をなぞり続けたくさんの時を過ごした。

社会的なことや哲学なんてどうでもいいことの様に、FMから流れるJポップがこの冷めた日常を代弁しているといつも感じ続けていた。
 社会や時代に文句があったらアートで切り返してみろ!!
 僕は自分を取り囲む日常へのありとあらゆる不満に対し、心の中でそんな風に言い聞かせ暮らしてきた。

 眠りに就くと毎晩のように悪夢にうなされて、明らかに心のトラウマを示すものだろうと、あれこれその解決策に思いを巡らせていた。

 人生は常に挑戦の連続だ。

 小さなライブハウスのステージに立ち音楽を奏でれば、僕の人生は、時に思い出は涙にかすみ、情熱は過去からまだ見ぬ未来へと駆け抜けていた。
 僕らの抱えた暮らしの問題は、明らかに文明が生んだ便利さの代償に満ち満ちていて、人々はその矛盾の中で更なる矛盾の波を引き起こし、心ががんじがらめのまま酷く喘ぎ苦しんでいた。
 自由に憧れた人の暮らしが、いつの日かどこかで何かを踏み外したまま、次に到達すべき幸福の意味について、誰もが孤独の中で沈黙を守り、一つ一つの心のわだかまりを解決するまでの時を与えられているかの様な物々しさに彩られている様に感じ続けていた。

 だからロックンロールが必要なのさ。
 そんな風に誰かがぽつりと呟くまでの、果てしない時間が永遠に刻まれている様な猛暑が静かに僕に語り掛けてきた。

 次の扉を蹴り上げて、ワイルドに生きてみたいんだろってね。
 僕はそうさとあいづちを打ち、再びギターを抱えイントロまでの距離をじわじわと縮じめていった。

 皆さん、御機嫌よう。

 自由な心のリズムで共に手を取り輪を広げて、新しい世界を今夜夢見てみないかい。

 猛暑の中で数えた、イントロまでの距離が、世界の片隅のちっぽけな部屋の中で、人生の苦さに少しおどけて見せた、言葉に出来ぬ表情のうつろい。