醒めたざわめきの向こう側に

 二〇一〇年
 僕の目に映る現実が、何だか泡の様に、慌ただしく幻の彼方へと醒めて消えゆく金曜日の午後七時。
 年の瀬押し迫る一つの緊張感の波の中で、僕は一人、小さな部屋に置いた世界を垣間見ることの出来る箱の映像を見つめ続けていた。

 抗おうと従おうと、その流れに同調し、時代に積極的に参加しようと、時は何も変わらず一秒一秒を刻み続ける。
 僕らが未来に用意すべき答えの意味を掻き消すかの様な、日常の醒めたざわめきとの僕の対話が、ここに存在する。


 超大国で大統領就任後初の、灰色の悪魔が地上に生み落とされた年。
 僕は、地球規模からすると、本当にほんの小さな島国の中で、世界の様々な文化や歴史の重みを、自分なりに僅かでも感じながら、真の自由へ平和の訪れを祈り続けている。
 例えば、遠い国の民主化指導者の解放を伝える報道に、愛の向かうべき真実の世界を思い。
 東洋では、ちっぽけな領土の中で争いが今の尚続く。
 敵味方に分かれ弾を撃ち合うのは、互いに今ある平和を守りたいが故の苦しい叫びだったのだろう。政治の難しい話なんて、正直僕には本当の所は分からないけれど、現実の中の出来事を感覚的に掴み表現することくらいはタダでも出来る。
 そして、僕には妙に感じられるこの国の平和な空気は、部屋の目の前に小さく佇んだ箱がその象徴の様に、荒い波長を止むことなく発し続けていた。

 随分と昔とは色々な事情が、もうすっかり変わってしまったんだな

 僕は、箱の吐き出す波長に少し胸やけを起こす様にそう心の中で呟きながら、精神的に退いた気持ちになった。

 この国には、大人から子供まで老若男女を問わず手にすることの出来る自由がこんなにも飽和しているんだ

 箱の中から勢い良く飛び出す様々なメッセージに、尚も僕は心の中で一人事を呟き続けた。

 年間に三万人を超える自殺者が続くこの国の表の顔は、なんてけたたましさに満ち溢れているのだろう
 勿論、これは社会のほんの一面を僕が覗いて勝手に思っていることだとも言えるけれど

 僕の感情の波は、小さな箱の発する波長に合わせて推移した。

 何だか、現実の中で苦し紛れに吐き出された言葉達に擦れ違っている様で、色々なことが昔と比べて一層計算高くて、いい意味でも悪い意味でもやけに現実的に思える
 そして、何よりもとてもテンポが早過ぎて目眩を覚えるよ
 物事への情感の間の無さがとても気になるんだ

 音楽で言えば、間の中にそこアーティストの込めた真のメッセージが見つけられるものなのかもしれないって思う時がある
 勿論、音楽である以上、音がまず第一のメッセージなんだけどね
 でも、間の美学ってどんなことに於いても本当に大切だと思うな
 音楽に於いても、時に音の存在していない場所に真のメッセージの存在、つまりは間の美学からくる本質性を感じ取ることがよくあるんだ

 そして、間の少なくなったテンポのとても早い日常のリズムの裏に潜むメッセージは、やっぱり恐れじゃないかってそう思うんだ

 現実が壊れてゆくことへの恐怖感。
 それは、時代をやがて疾走感の中へと駆り立てていき…


 誰にでも手にすることの出来る幸せが、街には今夜もこんなにもたくさん溢れ返っている
 だけど、人は闇の中で絶望のため息を一人零し、生きる希望を少しずつ失っていくかの様だ
 街の陽気さをしらけさせる様なこんなことは、誰も聞きたくないのかもしれない だが、避けて通れぬ問題が山積していて、誰もそれらの問題に立ち向かう術も持たず、うろたえ脅えている時代じゃないのかな
 僕はそんな風に感じているよ


 止むことのない小さな箱の中の自由への叫び達よ
 僕は音楽的視点で、物事への感覚的彩りを言葉にしていこう

 全ての物音の中に宿る音霊との対話。
 僕は、日常の醒めたざわめきの向こう側に真実を探りながら、次の思考へと心を繋ぎ、箱を黙らせた。